中村不折
1866年8月19日(慶応2年7月10日)生まれ。本名鈼太郎。明治から昭和初期に活躍した日本の洋画家、書家。東京に生まれるが、5歳のときに長野(高遠)に移住。漢籍や南画を学んだのち、小山正太郎に洋画を学ぶ。正岡子規との親交から新聞挿絵を手がけるようになり、島崎藤村・森鴎外・夏目漱石などの挿絵や題字なども手がけている。1895年、正岡子規とともに日清戦争に従軍、これを契機に書の収集を始める。1900年パリ万国博覧会に出品し受賞、翌年渡仏しラファエル・コラン、ジャン=ポール・ローランスに師事。歴史画において活躍した。自身のコレクションをもとに1936年に書道博物館(のちに台東区立)を設立。自身も六朝楷書をベースに独自の書風を確立した。新宿中村屋の看板や日本酒「真澄」のラベルの揮毫など、現在でも身近にその書風を見ることができる。1943年(昭和18年)6月6日没。
著者紹介
中村不折
1866年8月19日(慶応2年7月10日)生まれ。本名鈼太郎。明治から昭和初期に活躍した日本の洋画家、書家。東京に生まれるが、5歳のときに長野(高遠)に移住。漢籍や南画を学んだのち、小山正太郎に洋画を学ぶ。正岡子規との親交から新聞挿絵を手がけるようになり、島崎藤村・森鴎外・夏目漱石などの挿絵や題字なども手がけている。1895年、正岡子規とともに日清戦争に従軍、これを契機に書の収集を始める。1900年パリ万国博覧会に出品し受賞、翌年渡仏しラファエル・コラン、ジャン=ポール・ローランスに師事。歴史画において活躍した。自身のコレクションをもとに1936年に書道博物館(のちに台東区立)を設立。自身も六朝楷書をベースに独自の書風を確立した。新宿中村屋の看板や日本酒「真澄」のラベルの揮毫など、現在でも身近にその書風を見ることができる。1943年(昭和18年)6月6日没。