僕は世界のそこここで妻たちと暮らしていた。
それは〈クラウドハウス〉による
ワールドワイドなライフスタイル。
世界をまたにかける投資家である「僕」は上海、パリ、東京、大阪で「妻」たちと暮らしている。それが〈クラウドハウス〉。世界中どこでも望み通りの同じ「暮らし」ができる、セレブ御用達のサービスだ。妻たちはクローン人間で、僕とはサブスクリプション契約をしているのだ。仮想通貨の暴落で〈クラウドハウス〉を失った僕は、大阪を彷徨う。そこには運命の出会いが待っていた。
NovelJam2018秋 参加作品
本を入手していないとコメントは書けません。
ごくさりげない場面転換のうちに物語に引き込まれていき、そこから転落へ。しかしそこからほんとうの物語が始まる。作者の筆致は転落の底に生きている人々への描写から冴えていくようです。それまで「僕」でしかなかった主人公に「大五郎」という名が与えられてから、このお話は加速していきます。
「雲」というモチーフははじめは主人公の属する高みの世界「クラウド」から、やがて地を這いずる主人公の上に雨の気配とともに垂れ込め、頭上を流れ、ラストには陽の光をのぞかせる。希望をのぞかせる。見事だ。
表題作のみならず、ボーナストラックの掌編たちも充実している。私は個人的に藤城さんを、その作品たちの巧さを知っているので、この作品集をこの価格で購入することに寸分のためらいもなかった。
この拙い感想文で、もし少しでも興味を持った方々がいるならば、是非とも購入をおすすめする。その作風の幅の広さ、表現の巧さ、完成度の高さ。作家としてはまだこれはきっかけにすぎないかもしれないけれども、その萌芽を必ずや感じられると思う。
近未来的クラウドサービスの「家庭」が崩壊した後、超アナログな野宿生活に突入し、思いがけない人との絆を得る話、と言うとありきたりに聞こえるかもしれないが、情景描写の確実さ切実さ、それに各所に散りばめられた映画トリビアが、不思議なリアリティで迫って来る。詳細描写の巧さも素晴らしい。技巧が優れているのが嫌味ではなく、かえってその表現しかない叙情性に泣きたくなる。読んでみることをお勧めしたい。期待を外すことはない。