車の販売会社に勤める佐伯は、妻と二人の幼い子がありながら、体調の理由も含め、二年ほど前から退職を考え、しばしば妻と口論になっていました。そんな中、彼が興味をもつのが、家の近くで商売を始めた「缶詰屋」という店の主人と車の営業の顧客である小さな車椅子工場の社員たちです。休みの日にときどき顔をだすようになった佐伯は、缶詰屋がかつて高校教師で、それを辞め、今の業を始めたことを知ります。また車椅子工場では厳しい労働条件の中、飄々と働く若い社員とワンマンな社長の姿を見つつ、どこかで真の働く意味と価値を考えずにはいられません。
実は佐伯も、二年前、現実の何とも言えぬ重さに耐えきれず家を飛び出したときがあったのでした。そのとき車で寝泊まりしたオートキャンプ場で、テントで暮らす奇妙な老人と出会っていたのです。老人は、彼に、キャンプ場で見る人々の風景も下界の人々の暮らしも、営みの形は何も変わらないと嘆きます。佐伯は、そんな老人に同意しながらも、どこかで簡単に線引きされたようで納得できず、家へ戻る決意をします。
やがて、彼はついに自分の気持ちを押し切るやり方で、強引に退職を実行します。
退職者の謝恩会があっている最中、退職した記念に、好きなものを缶詰にしてくれるという缶詰屋からの約束を楽しみにしていた佐伯でしたが、改めて考えてみれば、これまでの自分にとって、いったい何が大事で、缶詰にしてもらうべき何があるのか、思いつくものもなく、一人深く悩むのでした。
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