事業に失敗し自己破産した斉藤は、右足に麻痺があります。破産手続きの際、住居も手放した彼に書記官が郊外の空き家を勧めます。そこは高齢者や障がい者を対象とした通信機器利用の研究地区に指定され国からの補助が下り、最近、一人暮らしの家主が亡くなったことで書類上の穴埋めの意味も兼ねていました。
無料で借りられる条件に快諾した斉藤でしたが、実際行ってみると谷間の橋一本で結ばれ明治から昭和、平成にかけ幾度かの合併を経ながら存続してきた限界集落であり、江戸期までは山伏の修業の地だったことを知ります。
村に移り住んだ斉藤がまず知り合ったのは、自分より早く入居していた同じく自己破産者で聴覚障がいの橘佐織でした。しかし彼女は、実は谷向こうに住む満雄と結婚したものの借金だけではなくDVにも苦しんだ挙句、子どもの親権をめぐり離婚争議の最中で、取敢えず距離を置くため逃げて来ている身だったのです。
佐織に案内されながら、徐々に地域の高齢者たちと溶け込むうち、明治の中頃、その村に疱瘡が流行した折り、政府から谷向こうの者たちへ感染を防ぐため橋を落とすよう達しがあった話を聞きます。
そのとき誰もが躊躇する中、悩んだ末まず初めに立上がったのは、三軒村から後妻に来たばかりのフデで、彼女は若い時分、山伏と恋に落ちた過去を持ち、その際、村人たちから厳しい咎めにあっており、しかも佐織の夫、満雄の曾祖母でもありました。
そんな過去のエピソードが現在の物語と絡まりながら解き明かされていくうちに、斉藤は長い歴史の中で様々な状況の変化や制度の変遷の中にあっても、地に足をつけ生きてきた村人たちのたくましさとしたたかさを感じずにはいられないのです。
本を入手していないとコメントは書けません。